2008年10月1日水曜日

白点病 - White Spot

以下は淡水魚を想定して記述しています。海水魚の場合寄生する虫も異なれば,治療する水温等の条件が全く異なりますのでご注意ください。

1,白点病とは

(1) 症状
 魚の体表に白い点が表れていた場合,白点病に罹患してる可能性があります。水槽内で発現する病気で最も多くみられ,そして最も死亡の原因となるのが白点病です。アクアリウムに関する書籍では,「ヒレ付近に白い点が表れ徐々に体全体に広がり体液を吸われ衰弱していく病気。えらが感染した場合呼吸困難に陥り死亡する」といった説明がなされていることが多いようです。しかし,白点病の原因となる原生動物の生活史をふまえると,白点という視認可能な症状が表れる前から既に寄生は始まっており,魚が石や水草などに体をこすりつけたり体を震わせるような仕草がみられた場合,原因はほかにも考えられますが確率論的に白点病を疑ってもいいでしょう。また,必ずしも最初にヒレに白点が表れるのではなく,エラや体表から白点が発現することも珍しくなく,特にエラに発現していた場合は視認が難しいこともあり個体が死亡してから白点病が原因であったことが分かることもあるくらいです。

(2) 感染原因
 淡水魚の場合ウオノカイセンチュウ(Ichthyophthirius multifiliis: 以下Ich)が集中的に特定の個体に寄生することにより発生します。一つの個体が感染すると爆発的に増殖し他の個体も次々と感染し,放置していると水槽内の魚が全て死んでしまうこともあります。

 以下,白点病についてちょっとだけ詳しくまとめてみました。

2,Ichthyophthirius
(1) 生活史
 Ichとは繊毛虫(ciliate)の一種である水棲原生動物である。生体に寄生している状態では05mm~1.0mmの白色楕円形をしている。水温25Cの環境下では寄生後おおよそ1週間程度でトロフォント(trophont)(トロフォゾイト:trophozoite)は宿主を離れ,底砂等でシスト(cyst)を形成する。シスト化したトモント(tomont)はシスト内で細胞分裂を繰り返し,嬢細胞であるトマイト(tomite)を作り出す。シスト化してから約24時間以内に細胞分裂が行われる。トモントからできるトマイトは条件下によってその数が異なるもののおおむね200~1000のトマイトが形成される。シスト内で成熟化したトマイトはシストを脱しセロント(theront)となり,水中を浮遊し自由活動ができるようになる。トマイトが脱シストする期間や条件についてはいまだに解明されていないが,セロントが水中を自由活動できる時間は限られている。水温20度C~25度Cの環境下では脱シストから約5~6時間を過ぎると弱体化が始まり,約20時間で寄生する力を失い,約48時間で死滅する。新たな宿主に寄生するとフォロント(phoront)は宿主の体表から栄養分を吸収し成体トロフォント(trophont)へと成長し再び宿主を離脱する過程へと入る。一連のサイクルは条件によってことなるものの,おおむね4日から10日前後である。



 難しい言葉が色々出てきましたが,シストとは「被嚢・嚢子・包嚢」のことで,例えるならシェルターのようなものです。原生動物の多くがシストを形成することができ,環境の悪化に対して一時的にシストを形成し耐えしのぐものもいれば,生活環の上で必ずシストを形成するものもいます。Ichの場合は後者に当ります。またシストには「増殖のために形成されるシスト」,「休眠のために形成されるシスト」,「一時的な環境の異変から防御する為に形成されるシスト」の3種類があります。原生動物のシストに関してはいまだに不明な部分が多く,Ichが形成するシストについても例外ではありません。Ichのシストが増殖シストであることは生活史から当然のことであり,また耐久シストでもあることは白点病の治療を経験された方なら誰でもわかっていることでしょう。しかし,休眠シストであるのかどうかという点についてはまだ解明されていません。休眠シストであるという研究もあります。

 Ichの生活史をまとめると以下のようになります。
theront: 寄生前の子虫
phoront: 寄生して成長段階に入った子虫
trophont: 成虫
(protomont: 離脱した成虫)
tomont: シストを形成する段階の成虫
   (cyst: 嬢細胞の発生と成長)
tomite: 子虫
theront: シストを脱出した寄生前の子虫


(2) 寄生のメカニズム
 セロントは偶然魚に付着するわけではなく,魚の発するアミノ酸や糖鎖等に反応していくつかの行動パターンをとるようです(HASS,1998)。どこかのHPに記載されているだけで出典は不明ですが,特定の時間帯に脱シストしてセロントが活動を始めるという情報もあるようです。少なくともIchは単に浮遊しているわけではなく,繊毛で自律的に行動をすることができることから,魚の表皮から出る物質に反応して宿主に付着することができてもおかしくはないでしょう。

 白点病は新しい環境に入って間もない頃(魚を別の水槽に移し変えた時)や,水質が悪化した時,新たな個体を移入した時に発生しやすい病気です。つまり,魚の表皮を覆っている粘液が荒れているとき等にセロントが寄生しやすくなります。また,魚種によって白点病に罹患しやすいものとそうでないものがあり,罹患しやすい魚種として,クラウンローチ,コリドラス,メダカなどが挙げられます。罹患しやすい原因もこれらの種類の魚の粘液であったり,表皮の構造に基因すると推測されます。

(3) Ichの活動が活発になる条件
i. 水質
 少なくとも魚が成育する程度の水質であればIchの活動に影響は与えません。弱酸性~弱アルカリ性(pH8程度)いずれの環境下でも白点病は発生します。また,総硬度に関しても総硬度が魚に合わないと魚個体の粘液が荒れてくるため白点病に罹患するのであり,総硬度の高低がIchの活動それ自体に影響しているわけではありません。同じ理由で亜硝酸濃度等も「魚が成育する環境」という条件下では影響を及ぼすものではありません。

ii. 水温
 Ichの活動は水温によって大きく変わります。寄生に適したセロントができる増殖適温は18度Cで,一定の温度までは温度が高くなるほどシストでの細胞分裂がさかんになります。水温が25度C以上になるとトロフォントが魚体から離脱する期間が短くなるものの,生活環の回転が早くなるだけで有効な治療を施さずに放置していた場合大増殖をすることになります。しかし30度Cを超えると逆にほとんど活動しなくなります。Ichの生活環の期間に幅があるのは水温によるところが大きく,白点病を治療する際には水温によって投薬期間が違ってきます(水温が高いほど薬効が早く出る)。

3,白点病の治療
(1) 有効な薬
  • 食塩水(0.5%前後)
  • グリーンFの規定量投与
  • ニューグリーンFの規定量投与
  • グリーンFリキッドの規定量投与
  • グリーンFクリアーの規定量投与
  • メチレンブルーの規定量投与
  • マラカイトグリーンの規定量投与
 ナマズや古代魚は薬品に弱いので徐々に薬に慣らしていくか,様子を見ながら規定量より少なめに投与する必要がある。

(2) 治療方法
 トロフォント並びにトモント(シスト化した状態)に対しては薬効がありません。従って,セロント並びにプロトモントに対してのみ薬効があることになります。そのため生活環全てをカバーするように薬浴する必要があり,脱シストしたセロントを死滅させIchを減らしていくことが白点病の治療となります。

i. 水温を徐々に30度Cに近づける
 1日2度前後ずつ水温を上げ徐々に30度になるようにします。但し,30度Cに耐えられない種類もいますのでその点注意して可能な限り水温を高めにします(普通の熱帯魚や金魚であれば30度Cにしても問題ありません)。30度Cが厳しいようでしたら25度C以上の適切な温度に設定します。水温を高めることでトロフォントが個体から離脱する期間を短縮でき,そうすることでIchのライフサイクルを短くすることでセロントやプロトモントが被薬する回数を増やすことが出来ます。

ii. 生体を隔離する
 死体や治癒の見込みがない個体は処分してしまい,罹患していない個体も含め水槽内の個体を全て別の水槽に隔離します。隔離する水槽がない場合は現在飼育している水槽から水草や貝,エビ(薬品に弱い)などを取り出し,フィルターから活性炭を取り出した上でそのまま使用しても問題ありません。但し,この場合濾過バクテリアも同時に死滅してしまう為再度水槽を一から立ち上げる必要があります。また活性炭は薬に含まれる薬効成分を吸着してしまい薬の効能が発揮できないため取り出しておく必要があります。

iii. 魚の様子をみつつ隔離水槽に薬を投与する
 投与水槽には基本的にフィルターは設置しません。設置するにしても活性炭等の吸着濾材は抜いておくようにします。薬浴水槽に魚を慣らして移し変えたら薬の投与です。この際一気に投与してしまわず魚の様子を見つつ徐々に投与していくようにします。特にナマズや古代魚は薬に弱いので注意が必要です。

iv. 2~4日ごとに薬浴水槽の水を1/4~1/2ずつ半分換水していく
 薬浴水槽の水がフンなどで汚れてきますので水槽の容量にもよりますが3~4日に1度は1/4~1/2の水を換水し,その分だけ薬を追加していきます。使用する薬にもよりますが薬効は時間とともに薄れていきますので薬の有効日数も考慮する必要があります。私の場合ですが効果が4日の薬であれば2日に1回程度の頻度で換水をしています。

v. 症状が治まらない場合/治まった場合
 回復しない場合は薬を変えるなどの治療法の変更を行います。ただ残念ながら,全身に白点が転移しているような末期症状の場合だとどの治療法をとっても完治する可能性は極めて低いです。白点がなくなったり,体をこすりつけるような動作が無くなった場合でも,シストからセロントが出てきますから最低4日から5日間程度は薬浴を継続します。

vi. 元々飼育していた水槽の底砂や器具を洗浄する
 元々魚を飼っていた水槽の底砂や器具を丹念に洗浄します。別にいつ行ってもかまいませんが,隔離した時点で洗浄を行っておいた方が魚を戻す時のことを考えると楽だと思います。また,水草などもしっかりと洗います。再度水槽を立ち上げる手間がかかる上に濾過バクテリアを再度作る必要があることもあり賛否両論あるもののオールリセットという選択肢もないわけではありません。白点病のみ発病している場合は底の水を中心に毎日半分程度の換水を継続的に行っていってもかまいません(その他の病気やカビ,寄生虫等の症状を併発している場合は別)。

vii. 元々飼育していた水槽のセットが終わったら魚を戻す
 元々飼育していた水槽のセットが終わったら慎重に慣らしつつ魚を戻します。オールリセットした場合には水槽の立ち上げの手順をしっかりとふむようにします。

4,総括
 ざっと白点病について概観しましたが,Ichを完全に死滅させることはシストが休眠シストであるにせよ,そうでないにせよ極めて難しいです。過密飼育をしない等基本的なことを守り,魚のコンディションを崩さないことこそが白点病に対する最大の防御となります。

Pic:
Ichthyophthiriasis
Made by Thomas Kaczmarczyk
出典: Wikipedia.org (release into the public domain)

Fig: Lifecycle of Ichthyophthirius multifiliis
出典: HAAS Wilfried,HABERL Bernhard,, 『Theronts of Ichthyophthirius multifiliis find their Fish Hosts with Complex Behavior Patterns and in Response to Different Chemical Signals』